米村ゼミの掲示板
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▼二年 土屋 RES
夏休み課題25〜30


25『スタミュ(3期)』(アニメ)
企画・原案:ひなた凛
監督:多田俊介
<あらすじ>
 元・華桜会であり憧れの高校生だった「鳳樹」との共演を果たした「星谷悠太」。2学期になり綾薙祭を目前にした2年生たち。それで行うクラス公演を成功させようと練習するが新しい華桜会のメンバーが新しい改革の一環として「オープニングセレモニー」を行うことを発表する。それを次期華桜会の最有力候補であった「辰己琉唯」率いるteam柊が行うことに。しかしそれと引き換えにteam柊がクラス公演に出演できなくなってしまう。星谷たちはみんなでクラス公演が行えるよう奮闘する。

 1期から観てきた『スタミュ』シリーズ。星谷たちの成長が最も感じられた今作であったと思う。まず辰巳と星谷の関係である。1期では辰巳はまだ星谷のことを「他とは違う何かを持っている人」という印象を持っているだけの人物の様に扱っていたように感じられた。しかし今作で二人は対等の「ライバル」になっていたのが印象的だった。また新しい華桜会の四季と冬沢の関係と星谷と辰巳の関係が対比になっていたのも印象的だった。最終話では星谷たちのカンパニーが全員華桜会となり1期1話で流れた華桜会の曲「我ら、綾薙学園華桜会」を星谷たちが歌っている場面はとても感慨深いものがあった。これからの展開があるのかは不明確ではあるが今作は『スタミュ』シリーズの集大成となったのではと思う。


26『劇場版はいからさんが通る 前編 〜紅緒、花の17歳〜』(映画)
原作:大和和紀
監督:古橋一浩
<あらすじ>
 大正七年、「花村紅緒」は元気で周りに流されない女学生だった。そんなある日、ハーフの陸軍歩兵「伊集院忍」少尉と衝撃的な出会いを果たす。そして祖父母の代から決められていた許嫁の相手として父から忍を紹介される紅緒。忍は一目で紅緒を気に入るが紅緒は決められた結婚に反対し幼馴染の「藤枝蘭丸」と家出をするもすぐに保護されてしまう。その後忍の家に花嫁修業として嫌々訪れた紅緒。そこから紅緒と忍は少しずつ距離を縮めていく。

 時代背景を上手く盛り込んでいるストーリーであるというのが印象的だった。大正時代で「女性は働くべきではない」や「女性は家庭を守り、慎ましい存在であるべき」など当時の女性の価値観を反映し、その中で紅緒や親友の「北小路環」が女性はもっと前に出るべきと抗う姿が表現されていた。最初は嫌がっていた紅緒がだんだんと忍に惹かれていき、忍がシベリア出兵で生死不明となった際も、“二夫にまみえず”という意味である白い喪服で葬儀に出席したところは結婚式を挙げていなくとも紅緒の“妻”としての姿が描かれていたと思う。


27『劇場版 はいからさんが通る 後編 〜花の東京大ロマン〜』(映画)
原作:大和和紀
監督:城所聖明
<あらすじ>
 「青江冬星」が編集長を務める「冗談社」に入社した紅緒は満州に忍の手がかりがあるかもしれないと踏み、満州へ向かっていた。満州に辿りつくも紅緒が乗っていた電車に馬賊が襲い掛かる。しかしその馬賊の頭であった「鬼島森吾」は忍とシベリアで共に戦った忍の部下だった。忍の最期を聞いた紅緒が帰国するとロシアから亡命した貴族として「サーシャ・ミハイロフ」侯爵夫妻が来日する。その夫であるサーシャは忍と瓜二つの顔をしていた。サーシャについて悩んでいた紅緒、そんな中で冬星から「紅緒に好意を抱いている」事を告げられる。

 前編でも書いたが今作にも歴史的背景が反映されており、特に紅緒と冬星の結婚式に起きた関東大震災の描写を時間まで忠実に表現しているのは衝撃だった。後編では忍と紅緒、そして冬星の三角関係が描かれており二人の間で気持ちが揺らぐ紅緒が印象的だった。また紅緒の親友、環と鬼島の恋模様も描かれている。忍と紅緒とは違って素直ではない二人の関係が進展していく様子が忍と紅緒にはない面白さがあった。忍と紅は出会ったきっかけはいい印象ではなかったが、その出会い方が忍の記憶を元に戻すきっかけになる演出もよかった。様々な苦難を乗り越え結ばれた忍と紅緒の物語はまさに「少女漫画の王道」と言えるものであった。少女漫画が好きな人にはぜひ観てもらいたいと思う。私も漫画版や旧アニメ版も観てみたいと感じた。


28『映画クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん』(映画)
原作:臼井儀人
監督:高橋渉
<あらすじ>
 ぎっくり腰で腰を痛めた「野原ひろし」。そんなひろしの前に謎の美女が現れマッサージ兼エステの無料体験を勧められる。その美女に釣られエステサロンに入るひろし。家に着いたひろしはある異変に気付く。それは自分の体がロボットになっていたのだった。困惑するみさえと目を輝かせるしんのすけ。原因はあのエステサロンだと考えるひろしであるが、さらにロボットひろしは本物のひろしではなくロボットにひろしの記憶を埋め込んだ存在だった。本物のひろしも現れ二人のひろしと野原一家が「父ゆれ同盟」に挑む。

 今作では「家族」特に「父親」ということに焦点を向けた作品である。今作の黒幕である黒岩という人物がまさに父親という存在の現実をよく表していた存在であった。会社で頑張って働いて家に帰っても母や娘から嫌悪され、それを悲しみ、そんな現状を変えたいという黒岩とひろしのみさえに怒られたりしんのすけに困らされても、それでも今の現状が幸せであるんだという対比になっていたと個人的に思う。ラストのロボットひろしと本物のひろしの父親を賭けた腕相撲は今作の中で最も感動する場面である。


29『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ! オトナ帝国の逆襲』(映画)
原作:臼井儀人
監督:原恵一
<あらすじ>
 「20世紀博」に来ていた野原一家。ひろしとみさえは小さいころに好きだったものを懐かしみそこに夢中になる。一方しんのすけとひまわり、かすかべ防衛隊をはじめとした子供たちはずっと子供部屋に預けられ不満を持っていた。みさえは家事をせず、ひろしも会社に行かず毎日遊ぶ姿にしんのすけがしびれを切らしたある日、20世紀博が大人たちを迎えに来たのだった。みさえとひろしは喜んで迎えのトラックに乗り、しんのすけ達を置いていく。大人たちを取り戻すため、かすかべ防衛隊は団結し20世紀博に乗り込む。

 20世紀から21世紀へとなる年に公開された今作。古き良き時代に固執したケンの姿は今の私達にも通じるものがあると感じた。一番印象的だったのはひろしが自分の靴下のにおいを嗅ぎ自分の幼少時代から今の家族と過ごす日々を思い出す場面である。自分のきつい臭いこそ今まで自分が経験してきた過去の積み重ねによって出来た臭いであり、その臭いがひろしをしんのすけの所に戻ってこさせる一番の物だったのだと思う。そのほかにも家事をしないみさえ達の代わりにしんのすけがひまわりの世話をしたり、まさおの意外な一面が出てきたりなど多くの見どころがある映画であった。平成から令和になった今だからこそ分かることがあると思うので観ていない人はぜひ観てほしい。


30『神様はじめました』(漫画)
作者:鈴木ジュリエッタ
出版社:白泉社
<あらすじ>
 ギャンブル好きの父親のせいで家が差し押さえられ、突如として家を失くした「桃園奈々生」。公園で途方に暮れていると犬に襲われている「ミカゲ」という男性と出会う。すっかり打ち解けた奈々生はミカゲに今までの事情を話す。するとミカゲは「私の家を譲る」と言い去っていってしまった。怪しく思いながらも行く当てのない奈々生はメモの場所まで行くが、そこには寂れた古神社しかなかった。そこで奈々生はミカゲに仕える神使「巴衛」と出会う。奈々生はミカゲに代わりその神社の「土地神」として神様をはじめることになってしまう。

 アニメ版を以前に観たことがあったのだが今回、漫画版を初めて読んだ。漫画版ではアニメ版のその先、奈々生と巴衛が付き合いだした後の話も描かれており出会いから結婚までのエピソードが描かれていた。特に巴衛は最初、奈々生の告白を拒否し「今だけの気の迷い」と言い伏せるも奈々生の努力していく姿に惹かれていく過程がとても丁寧に描かれていた。奈々生はもちろん、巴衛や鞍馬、そして瑞希の妖だからこそ抱える葛藤や悩みを乗り越えた姿が漫画版でより深く描かれていた。おすすめの話はOVAとしても制作されている奈々生が巴衛を助けるために過去へ行く長編はそれまでの伏線を回収した屈指のエピソードである。アニメを観たことがあり、少しでも面白いと思った方にはぜひ漫画版を読み二人の行く末を見届けてほしい。


以上、夏休み課題30点です。
投稿が大幅に遅れてしまい大変申し訳ありませんでした。
2020/3/15(Sun)00:03 ...No.1732
▼二年 土屋 RES
夏休み課題16〜24


16『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』(映画)
著者:七月隆文
監督:三木孝浩
<あらすじ>
美大生の「南山高寿」は通学途中の電車内で本を読んでいた「福寿愛美」に一目ぼれをする。真っ先に彼女を追いかけ声をかける高寿だが「また会えるか」と愛美に問うと彼女は泣いていた。その意味も解らずにいると次の日に二人は再会する。意気投合した二人は晴れて付き合うことになるが愛美にある違和感を抱き始めた高寿。愛美には高寿に隠していた重大な秘密があった。

物語の中盤までは愛美の不可解な言動や行動が理解できなく、愛美の秘密が分かった後も物語を理解するのに少し時間がかかった。この映画は基本的に高寿視点で物語が進むのだが、最後に愛美視点で高寿との出会いから別れまでの場面が簡単に流れる。そこで理解が追いつき、かつ涙が止まらなかった。この映画のタイトルも最初聞いた時は意味がよく理解できなかったが映画を観た後だととても納得できるタイトルである。一度観た後に二回目を愛美視点で観てみると一回目と全く違う気持ちで観ることができて、二回目の方が感動すると個人的に感じた。


17『とある科学の一方通行』(アニメ)
<あらすじ>
 入院していた「アクセラレータ」は死霊術師「エステル=ローゼンタール」という少女と出会う。警備員(アンチスキル)に追われていたエステルは、なぜかアクセラレータの病室へと侵入する。格闘の末、警備員に確保された少女が残した写真にはアクセラレータと共に行動している少女「ラストオーダー」の姿が写っていた。謎の組織「DA」と遭遇し、死体を詰めた能力を操る不可思議な機動兵器が現れアクセラレータは撃退するもエステルからラストオーダーを初めとする妹(シスター)達が狙われている事を知る。

 今作はライトノベル『とある魔術の禁書目録』に登場する一方通行(アクセラレータ)を主人公としたスピンオフ作品である。自らを「悪党」と名乗り、自分の流儀に沿って闘うアクセラレータのキャラクター性がきちんと表れていたストーリーだった。エステルのことを助けると表立って言うことはないが自分の掲げる「正義」に従い敵を倒していくアクセラレータはまさにダークヒーローと言える存在なのだと感じる。敵を倒していく狂気的な姿があるからこそラストオーダーを話してる時の会話のやり取りがより一層微笑ましいものに感じる


18『魔法少女まどか☆マギカ』(アニメ)
原作:Magica Quartet
監督:新房昭之
<あらすじ>
 見滝原に住む少女、「鹿目まどか」はある少女が怪物に襲われ、白い生物から「僕と契約して魔法少女になってよ」と言われる不思議な夢を見る。友人の「美樹さやか」らと学校に登校するとまどかのクラスに転校生として夢に出た少女がやってくる。その転校生の名は「暁美ほむら」。学校帰り、まどかとさやかがある声に導かれビルの一角に行くと夢に出た白い生物がほむらに襲われていた。その生物「キュゥべえ」を助けるまどかだが「魔女」と呼ばれる怪物の結界に入ってしまい襲われる。そこに魔法少女である「巴マミ」が現れる。

 「魔法少女アニメ」である今作はそのジャンルの一般的に連想されるものをすべて壊すような作品であったと思う。メインキャラクター達はとても可愛らしい見た目であるが敵である「魔女」は異形で気味の悪いデザインである。その魔女がいる異世界や流れる音楽も「魔法少女アニメ」とは思えないほど不気味であった。そして魔法少女である彼女らが残酷に倒されていく場面も衝撃であった。キラキラと輝き、女の子の夢が詰まった「魔法少女アニメ」というジャンルだからこそ、少女たちの絶望や残酷さがとても際立ったのだと思う。特に印象に残っているのは魔女になってしまったさやかと当初敵対していた「佐倉杏子」が一緒に死んでしまう場面である。


19『進撃の巨人 3rd Season Part.2』(アニメ)
原作:諫山創
総監督:荒木哲郎
<あらすじ>
 「エレン・イェーガー」の故郷であるシガンシナ区奪還作戦を決行するためシガンシナ区に向かう調査兵団。辿りつくもそこにライナーやベルトルトの面影はなかった。アルミンの策によりライナーを見つけ出すもライナーは「鎧の巨人」になり、身を隠していた「獣の巨人」も現れ調査兵団は巨人たちに囲まれてしまう。エレンたちは自分の故郷を取り戻すため、そして自由を取り戻すためライナーたちに立ち向かう。

 今シリーズは『進撃の巨人』シリーズの総決戦と言えるシリーズであった。特に印象に残ったのは獣の巨人に追い詰められエルヴィンが新兵に最後の作戦を告げる場面である。その直前にエルヴィンが初めて自分の私的欲望をリヴァイに話すも叱咤され自分の悲願ではなく団長としての責務を選んだ姿に感銘を受けた。また最終話でエレンたちが念願の海に辿りつきアルミン達が感動して笑っていても一番海に憧れを抱いていたエレンのみが悲しい表情をしているのも印象的だった。海の向こう側なにがあるのか、それをエレンだけが知っているというのが分かる。2020年秋にはFinal Seasonが放送予定なのでこの続きをぜひ見届けたいと思う。


20『暁のヨナ 30巻』(漫画)
著者:草凪みずほ
出版社:白泉社
<あらすじ>
千州軍の長、「クエルボ」によって捕らえられたヨナ。高華国と千州軍の戦いの中最前線で戦うハクと時間稼ぎをしようとしている四龍たち。ハクがクエルボに重傷を負わせたことにより戦いは高華国の勝利。しかしクエルボの城ではヨナの力に目を付けた神官がヨナに近づこうとする。

 30巻目となる『暁のヨナ』。ヨナとハクの関係が進展した巻でもあった。また千州との戦いで四龍であるジェハとゼノはヨナを人質にとられたため千州側として戦いに赴く。それを迎え撃つ高華国側のキジャとシンアなのだがゼノから人質に取られたため命令に逆らうことが出来ないことを聞いたシンアが何があってもゼノを傷つけたくないと言っていたのが印象に残った。その場面は二人がギャグシーン的扱いの場面ではあったが無口でわがままを言わないシンアが何があっても仲間を傷つけたくないという優しさが分かる場面であったと感じる。


21『あんさんぶるスターズ!』(アニメ)
原作:Happy Elements
監督:菱田正和
<あらすじ>
男性アイドル育成に特化した私立夢ノ咲学園。そこで新たに新設されるプロデュース科の最初で唯一の女子生徒として転校してきた「あんず」。待っていたのはアイドル科であり「Trickstar」というユニットを組んでいる四人の男子学生たちだった。生徒会の権力が強く弱いアイドルたちが抑圧されていく学院の制度を変えようとしていた彼らと転校生の出会いが学院に革命を起こす。

初めて視聴して最初に感じたのは登場人物であるアイドルの数が40人近くいるのにも関わらずキャラクターの性格が全くかぶることなくそれぞれの個性がきちんと出ているそのキャラクターの多様性に驚きだった。アニメでは尺の限度などがあるためそれぞれが抱える葛藤や過去をすべて見ることは出来なかったが、このキャラクター達のことをさらに知っていきたい、そんな風に思うことが出来るほどキャラクターたちの描き方が非常に良く表現されていたと思う。ユニットもそれぞれのユニットのコンセプトが全く違うので飽きることもなく楽しむことが出来たアニメだった。アプリの方もプレイしようと思える作品であったと思う。


22『実写版 アラジン』(映画)
監督:ガイ・リッチー
脚本:ジョン・オーガスト
<あらすじ>
 アグラバーの町で貧しい暮らしをしていた「アラジン」。盗みをしていた最中、侍女のフリをして町に出ていた王女「ジャスミン」に一目ぼれをする。二人は心を通わせるもアラジンの友人で猿の「アブー」がジャスミンの母の形見である腕輪を盗んだことにより幻滅される。アラジンはそれを返すため王宮に忍び込むも衛兵につかまる。国務大臣でありアグラバーを支配しようとしていた「ジャファー」はアラジンに魔法の洞窟から魔法のランプをとってくるよう命じる。

 元々アニメ版『アラジン』をよく観ていたのだが、実写版で話が少し変化していたのが驚きだった。特に印象に残ったのはアニメ版でソロでの歌唱がなかったジャスミンの歌が追加されていたことである。「自由になりたい」というジャスミンの願いをよく表した歌詞であった。そしてジャスミンが最後に国王として任命されるのも、「女性でも上の立場に就くことはできる」という男女平等を意識した描写が多く脚色されていたように感じる。ディズニープリンセスの中でも特に「自由」を求めていたジャスミンだからこそのストーリー展開になったのではと思う。


23『モアナと伝説の海』(映画)
監督:ロン・クレメンツ、ジョン・マスカー
脚本:ジャレド・ブッシュ
<あらすじ>
モトゥヌイの村長の娘「モアナ」は、幼い頃から珊瑚礁の向こうの海に憧れを抱いていた。しかし「珊瑚礁の向こうに行ってはいけない」という掟により父から強く反対されていた。ある時より島の作物が獲れなくなりモアナは海を越えて魚を捕りに行こうと提案するも反対されてしまう。しかし祖母「タラ」がモアナこそ海に選ばれし者であると告げ秘密の洞窟へ連れていきモアナが海へ出る手助けをする。海へでるモアナであったが嵐に巻き込まれ無人島へと漂着する。そこでモアナは伝承で伝えられていた「マウイ」と出会う。

 ディズニー映画で特に女性を主役とした映画では恋愛描写が必ずあったのだが、この『モアナと伝説の海』ではそれらの描写が一切なかったのが印象的だった。特にモアナはディズニープリンセスに数えられているヒロインだったために特異なヒロインだったと感じる。珊瑚礁の向こうの海に憧れを抱き、一途に頑張る姿は今までのヒロインとほとんど変わらない女性像であるが恋愛描写がないという点で今までのディズニーにおける女性像が「恋愛を必要とする女性」から「必要としない女性」へと変化したことが伺える作品であったと思う。


24『機動戦士ガンダムSEED』(アニメ)
監督:福田己津央
制作:サンライズ
<あらすじ>
 C.E.71年、コーディネイターの少年「キラ・ヤマト」は、中立国オーブのコロニー・ヘリオポリスで普通の生活を送っていた。しかし地球軍と敵対しているザフトのクルーゼ隊が乗り込んでくる。その理由はコロニー内で秘密裏に5機のMSの開発と新造戦艦の建造が行われていたためであった。キラは逃げている途中MS工場へと迷い込んでしまい連合兵とザフト兵の戦闘に巻き込まれる。そしてキラは幼少の頃の親友の「アスラン・ザラ」と再会する。

 「戦争」というものが濃く描かれていた今作品であったがキラやアスランなどそれぞれの登場人物が抱える葛藤が色濃く描かれているのがとても印象的だった。「人を殺したくない、でも戦わなくちゃいけない」というキラの葛藤が最初から描かれ、最後は自分の意志でアスランと共に戦いに行く姿がキラの成長を感じさせた。またフレイというキャラクターもキラが出撃した戦いで父を亡くし、歪んでいってしまう姿はSEEDの登場人物の中で一番人間味がある人物だったと思う。またこの作品は「戦争」だけでなく「人種差別」についても言及している場面が多々ありガンダムシリーズの中で屈指の人気を誇る作品であることが頷けた。続編である『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』もぜひ視聴したいと思う。
2020/3/15(Sun)00:02 ...No.1731
▼二年 土屋 RES
夏休み課題8〜15


8『ヴァイオレット・エヴァーガーデン外伝-永遠と自動手記人形-』(映画)
監督:藤田春香
制作:京都アニメーション
<あらすじ>
 自動手記人形として働いていたヴァイオレット。彼女が次の依頼で訪れた場所は良家の子女が通う女学校だった。その女学校でヴァイオレットは「イザベラ」という少女と出会う。ヴァイオレットはイザベラの父親に彼女が立派なレディになれるよう教育するように言われていた。ヴァイオレットとイザベラは寮の同じ部屋で一緒に過ごすことになる。

 今作のストーリーは大きく二つに分けられる。前半と後半で焦点となるキャラクターが変わっているのが大きい特徴である。前半はヴァイオレットとイザベラ、後半はヴァイオレットと同じ会社で働くベネディクトとテイラーという幼い少女である。特に印象に残ったのはヴァイオレットとイザベラの二人がダンスを踊る場面である。イザベラがレディとして成長したのを一番に感じることが出来た場面である。そして後半のベネディクトが貴族の妻となったイザベラにテイラーの手紙を届ける場面である。幼いころに生き別れとなってしまったイザベラとテイラーだったが手紙を読んだイザベラが泣き崩れるシーンは手紙の持つ力というのを感じた。この映画の主題歌である「エイミー」という曲は映画の中でも出てくる単語であり非常に重要な意味を持つ単語であるのでぜひ映画を観てほしい。


9『リメンバー・ミー』(映画)
監督:リー・アンクリッチ
<あらすじ>
 音楽が大好きな少年、ミゲル。しかしミゲルの一家では先祖の音楽家が家族を捨てたことから音楽を一切禁止されていた。ある日、一年に一度死者が帰ってくると言われる「死者の日」にミゲルは家族を捨てたであろう先祖が自分の憧れである伝説的ミュージシャン「デラクルス」ではないかと疑う。そしてミゲルはその日に行われる音楽コンテストに出場するため彼のギターを持ち出そうとする。しかしミゲルの体が誰にも認知されなくなり、代わりに死者が見えるようになってしまう。ミゲルは「死者の国」に行き、そこで生者の国に行くことが出来ない「へクター」と出会う。

 今作は「死者の日」をモチーフにしているがそのモチーフがよく表れた映画になっていたと思う。物語に登場する死者の世界はとても幻想的であり、しかしどこか怪しさを漂わせるような世界観で描かれていて純粋に感動した。特に印象に残っているのが生者の国に帰ったミゲルが曾祖母であるママ・ココにヘクターのことを思い出させるため「リメンバー・ミー」を歌う場面である。タイトルの意味、そして「家族の絆」というこの映画が伝えたかったものがこの場面に全て詰まっているように感じた。ラストの場面でミゲルが笑顔でみんなの前で歌う場面はとても感動した。そしてミゲルはもう死者たちを見ることは出来ないのに隣で歌うヘクターがまるで見えているかのように二人で歌っている終わり方はまさに
「家族の絆」を感じさせた。


10『プ―と大人になった僕』(映画)
監督:マーク・フォースター
<あらすじ>
 100エーカーの森でプーとその仲間たちと楽しく遊んでいた少年、クリストファー・ロビンは寄宿学校に通うためプー達とお別れをすることになった。絶対に忘れないという約束をするもそれから過酷な人生を歩んでいく中でクリストファーは大人になった。妻と娘をもつクリストファーはあるきっかけで家族と溝を作ってしまう。そんな彼の前に現れたのはクリストファーを探していたプーだった。秘密の扉を使ってやってきたプーだったがその扉が閉ざされてしまったためクリストファーはプーを送り届けるため再び100エーカーの森を訪れる。

 小さいころから『くまのプーさん』シリーズを観ていたのだが成長したクリストファーが出るということで観る前からとても気になっていた作品であった。大人になり仕事に忙殺され楽しく遊ぶだけではやっていけないことを知ったクリストファーはまさに現代の表した人物として描かれていた。印象に残っているのは「僕はもう変わってしまった」と言ったクリストファーに対しプーが言った「君は君だ」という言葉である。最初は自由なプーに嫌気がさすも放っておけないクリストファーが描かれ、まさに言葉通りだと感じた。最後にクリストファーの家族とプー達が100エーカーの森で笑って遊んでいる場面はとても感動した。学生から社会人へとなる今の私達だからこそ響くものもあるので観ていない人はぜひ一度観てみてほしい。


11『おおかみこどもの雨と雪』(映画)
監督:細田守
制作:スタジオ地図
<あらすじ>
 大学生の「花」は大学でとある青年に出会った。次第に仲良くなった二人は恋人同士になる。しかし青年は自分が「おおかみおとこ」であることを花に告げる。それを受け入れた花は二人の子供を授かる。姉の「雪」と弟の「雨」。幸せに暮らしていた矢先、「おおかみおとこ」が事故で無くなる。花は「おおかみこども」である二人が“どちら”でも選べるように都会から離れた自然あふれた田舎に引っ越すことを決意する。

 最初は勝ち気ですぐおおかみになってしまう雪があることをきっかけに人間らしくなっていくのに対し、臆病だった雨がおおかみの本能に目覚めていくのが対比になっていたのが印象的だった。花がおおかみとして生きることを選んだ雨の遠吠えを聞き、泣きながらも笑って見送る場面は花の「母親としての姿」が一番感じられた場面であると思う。それはまさに親元から離れていく子供を見送る親そのものであった。慣れない環境で畑作業を覚えたり花の奮闘する姿が非常に描かれていて母の偉大さ、子育ての大変さというのが伝わった映画であると思う。


12『未来のミライ』(映画)
監督:細田守
<あらすじ>
 入院していたお母さんを待っていた「くんちゃん」。お母さんが帰ってくるとその腕にはくんちゃんの妹として生まれた「ミライ」がいた。おかあさんに仲良くしてねと言われるくんちゃんであるがお母さんをミライちゃんにとられて嫉妬を覚えたことからミライちゃんにいじわるをするようになる。そんなくんちゃんの前に未来からやってきた女子高生のミライちゃんが現れるなど不思議な体験が起こる。

 くんちゃんが不思議な世界に迷い込み東京駅のような場所で迷子センターに行く描写があるのだがその世界観がとても怪しく、独特の世界観を放っていたと思う。あそこまで怪しい世界観を取り入れた作品は細田監督の作品の中でもなかったものだと感じた。特に「ひとりぼっちの国」へと行く電車が出てくる場面は個人的に恐怖も覚えた場面であった。しかしそこでくんちゃんが自分はミライちゃんのお兄ちゃんであることを自覚した場面でもありくんちゃんにとって成長することが出来た場面なのだとも感じた。


13『劇場版ポケットモンスター キミにきめた!』(映画)
監督:湯山邦彦
<あらすじ>
 10歳の誕生日を迎えるマサラタウンの少年、「サトシ」。旅立ちの朝に寝坊して急いでオーキド博士の研究所に向かうもパートナーとなるポケモンたちはライバルたちに持ってかれてしまっていた。博士はそんなサトシに「ピカチュウ」を差し出す。一目でサトシは気に入るもピカチュウは心を開かなかった。しかし旅立ちの日にオニスズメの群れに襲われたことをきっかけに二人は心からの友達になる。その時サトシたちの前に伝説のポケモン「ホウオウ」が現れ虹色の羽を落としていく。サトシは「いつかあいつに会いに行こうぜ」とピカチュウと誓う。

 今作はポケモン映画の記念すべき20作目を記念して作られた作品であった。テレビシリーズの第一話をリメイクし、パラレルワールドとして物語が展開していく。今作の映画には今まで19作品の映画の要素が所々に組み込まれているため今までのファンも楽しむことが出来るものとなっている。またテレビシリーズで人気エピソードとして知られるサトシとバタフリーの別れの場面を入れたり、ヒトカゲとの出会いをいれたりなど今までのポケモンシリーズの集大成と言える作品なのではと感じた。そして今作で一番印象に残っているのはサトシがピカチュウの心の声を聞き取る場面である。ピカチュウがなぜモンスターボールに入りたがらないのかがこの場面で明らかになり非常に感動した。様々な世代に見てほしい作品である。


14『フルーツバスケット 1st season』(アニメ)
原作:高屋奈月
監督:井端義秀
<あらすじ>
 唯一の母を事故で亡くしたため小山で一人、テント暮らしをしていた「本田透」。しかしその山は同じ学校でみんなの憧れである「草摩由希」の一族、草摩家が所有する土地だった。そしてあるきっかけにより透は由希が暮らす「草摩紫呉」の家に居候することになった。そんな時由希を妬んでいる青年「草摩夾」が家に乗り込んでくる。透はケンカを止めようと夾に抱きついてしまう。すると夾の姿が猫へと変化してしまった。透は草摩家の秘密を知ることになる。

 とてもいい作品であるとよく聞いていた作品で今回初めて視聴したがその意味が非常に理解できた。透のまっすぐで純粋な性格が由希と夾を初めとする草摩家の人びとを変えていく過程がとても丁寧に描かれていた。そして最終回あたりの夾の本当の姿が分かってしまう話が一番印象に残った。何度も帰ろうと言う透を夾は突き飛ばすも透が諦めずに説得したことにより「本当は一緒に悩んでほしかった」と本当は自分の母にどうしてほしかったのかを吐露するところはとても感動した。春から2期が放送されるのでそれもぜひ視聴したい。また以前にもアニメが制作されていたのでそれと今作を見比べたり、漫画版の方もぜひ読んでみたいと思える素晴らしい作品だった。

 
15『今夜、ロマンス劇場で』(映画)
監督:武内英樹
脚本:宇山佳佑
<あらすじ>
 映画監督を目指すべく映画撮影の現場で働いていた「健司」は毎日のように通っている映画館「ロマンス劇場」に訪れていた。そこでいつも見ていたのはあるひとつのモノクロ映画。いつものようにその映画を観ているとその映画のヒロインである「美雪」が健司の前に現れる。自由でわがままな美雪に振り回される健司であるが二人は互いに惹かれ合っていた。しかし美雪は誰かに触れられると消えてしまうという秘密をかかえていた。

 美雪はとてもわがままであり女王様気質の女性であるが演じている綾瀬はるかさんがとても合っていたというのが率直な感想であった。またこの映画は冒頭、老人となった健司が看護婦に自分の書いた物語(実際は自分の過去)を語るという形で始まる。そこの看護婦たちの何気ない会話の中で伏線が張られており、終盤で回収された時は思わず「なるほど!」と思ってしまった。二人の恋はこれ以上ないほど純粋なものでありとても切ないものであった。健司と美雪がどういったタイミングでどう触れるのか映画を観て確認してほしい。
2020/3/15(Sun)00:00 ...No.1730
▼二年 土屋 RES
夏休み課題1〜7


1『天気の子』(映画)
監督:新海誠
<あらすじ>
 離島で暮らしていた主人公、「森嶋帆高」は家出をして東京に辿り着く。しかし東京に辿り着くもネットカフェ暮らしが続きついに所持金が底を尽きてしまう。家出途中に出会ったライターの「須賀圭介」の元で住み込みで働くことになる。そんな中、帆高はあるトラブルで「天野陽菜」という少女と出会う。陽菜は近頃、噂になっている「100%の晴れ女」と言われていた少女だった。祈るだけで短時間のみ天気を晴れにする力を帆高は目の前で見ることになる。弟と二人暮らしで経済的に困窮していた陽菜に帆高は「晴れ女」の力を活かしたサービス業を提案する。そのやり取りの中で二人は次第に仲を深めていく。

 前作『君の名は。』から約3年が経ち公開された今作。圧倒的な背景の美しさに開始早々引き込まれた。また今回も『君の名は。』と同様ファンタジー要素が盛り込まれた内容となっている。しかしその要素をうまく盛り込み現実性が高い物語構成となっていた。背景のリアルさもそれを引き立てる役目をしていたと考える。また物語の途中に立花瀧、宮水三葉など『君の名は。』のメインキャラクターも登場しており、ファンにとって嬉しいサプライズもあったのは印象的である。帆高が自分の選択によって陽菜が消え、世界が荒れてしまったことを悔やみ後悔する心情が細かく描かれていた点が見受けられた。


2『トイ・ストーリー4』(映画)
監督:ジョシュ・クーリー
<あらすじ>
 ウッディ達がアンディと別れ、ボニーに引き取られてから1年。バズやジェシー達はボニーにいつも遊んでもらっているにもかかわらず、ウッディは取り残されることが多くなった。そんなある日、新しい幼稚園に入ったボニーは友達が出来ずクラスに馴染めないでいた。そしてボニーは工作の時間に自分で新しい友達を作った。その名は「フォーキー」。自分はおもちゃではなくゴミと思い込むフォーキーをウッディはおもちゃであると何度も説得をする。しかしボニー達家族がドライブ旅行に向かった先でフォーキーが脱走をする。追いかけるウッディはその先でかつての仲間、ボーと再会を果たす。

 『トイ・ストーリー』シリーズが今まで描いてきたテーマ「おもちゃにとっての幸せとは何か」ということが今作でも色濃く描かれている。今までウッディはアンディを初めとする持ち主が幸せであることがおもちゃにとっての幸せと考える描写が主だった。しかし今作でウッディは何物にもとらわれないボーの生き方を目の当たりにし考え方が変化している。ウッディは最後、バズたちと別れボーと共に自由に生きる道を選び、持ち主から解放された存在になったのである。今まで『トイ・ストーリー』シリーズが提示してきた「おもちゃにとっての幸せ」を覆す展開ではあるも、今までを踏まえたうえでのウッディの選択であるとも考えられる。今までウッディを支えてきたボーという存在がウッディに変革をもたらしたというのも個人的に感慨深いものがあった。

3『劇場版うたの☆プリンスさまっ♪ マジLOVEキングダム』(映画)
監督:永岡智佳、古田丈司
制作:A-1 Pictures
<あらすじ>
2010年にゲームソフト、2011年から2016年にわたり4期までアニメ放送された『うたの☆プリンスさまっ♪』シリーズ。今回はその初の劇場版である。3ユニット、計18名のアイドルたちが熱いライブを行う。

 今作の大きな特徴はライブシーンのみで映画が構成されている点である。ライブの前日やそれに至るまでのアイドルの絡みなどは描かれず、開始直後ライブシーンに突入する。しかしライブ以外の描写を一切省くことによりまるで本当にアイドルのライブを中継して観ているかのような感覚に陥る。どこかのライブ会場でアイドルたちがライブをしているのではないかという現実性を描くことに成功した作品となっていると考える。近年二次元アイドルブームが顕著に出ているが今作は二次元アイドルコンテンツにとって大きな躍進になったのではないかと考えられる。またエンディングが流れたあとにアンコールパートがきちんと用意され、アンコール曲の最中にコメントするユニットも週替わりで異なるなど来場者を飽きさせない工夫もうかがえる。

4『殺戮の天使』(アニメ、ゲーム)
ゲーム開発者:星屑KRNKRN(真田まこと)
アニメ制作:J.C.STAFF
監督:鈴木健太郎
<あらすじ>
 とあるビルの最下層で目が覚めた少女「レイチェル」。彼女はなぜそこに自分がいるのか記憶がなかった。ビルから脱出するため上の階へと昇っていくとそこで包帯を巻き巨大な鎌を持った殺人鬼の青年に追いかけられる。運よく逃げるもその先でレイチェルはダニーという彼女の主治医を名乗る男性に助けられる。しかしそのダニーも殺人鬼の一人であった。ダニーに襲われる中レイチェルは「ある秘密」を思い出す。殺される一歩手前で下の階からレイチェルを追いかけてきた包帯の殺人鬼がダニーを鎌で倒す。結果的に助けられたレイチェルはその包帯の青年にこう願う、「私を、殺して」。最初はそれを拒む青年も自分をこのビルから脱出する手助けが出来たら殺してやると約束をする。こうしてレイチェルと殺人鬼、「ザック」の危険な「約束」が結ばれる。そして二人は各フロアに存在する殺人鬼を相手にビルの脱出を目指す。
 
 この作品はフリーホラーゲームであり、パソコン上でダウンロードを行い出来るゲームとなっている。この作品のテーマは「約束」。それも自分を殺してほしいという危険な約束である。なぜレイチェルが自分を殺してほしいのか、主人公であるにも関わらずそれが全く分からないまま物語が進み、終盤でその理由が判明する。そして殺人鬼のザックも最初はレイチェルを襲い狂気的に笑う人物として描かれるも、次第にレイチェルに心を開いていく過程が丁寧に描かれていた。またザックがなぜそんな殺人鬼になってしまったのか、その経緯もきちんと描かれ物語の前半はザックに感情移入しやすいものとなっている。ザックの心理的描写は描かれないもののそれはザックが裏表のない純粋な人物として描かれているからと考える。ザックとレイチェルが対比した描かれ方をしているのが非常に印象的だった。

5『劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲EVOLUTION』(映画)
監督:湯山邦彦、榊原幹典
<あらすじ>
旅を続けていたサトシ、カスミ、タケシの前に一通の招待状が来る。それは優秀なポケモントレーナーを集めたいという趣旨の内容だった。サトシたちはその集まりに出席するため嵐の中、招待者の元へ向かう。辿り着くもサトシたちの前に現れたのは人間に恨みを持つポケモン「ミュウツー」だった。伝説のポケモン「ミュウ」の遺伝子から人間の手で作られたミュウツーは様々なコピーポケモンを作りサトシたち人間に逆襲をするのであった。

 今作は1998年に公開された第一作目の劇場版『劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲』をフルCGでリメイクしたものとなっている。基本的なストーリーは同じであるがタケシが女性を口説き耳を引っ張られるなど懐かしの場面などが加えられている。この映画のテーマは「生まれた意味とは何か」だと個人的に思っている。ミュウツーの「私は誰だ、なぜここにいるんだ」というセリフから始まるところなど「生きるとは」について問われている場面がいくつも存在する。まさに今作のキャッチコピーである「原点にして最高峰」といえる作品であったと思う。


6『レンドフルール』(ゲーム)
発売元:アイディアファクトリー(オトメイト)
イラスト:薄葉カゲロー
<あらすじ>
 かつて荒れ果てた世界に女神が4人の騎士と共に「グラース」という力を与え世界を救った。女神が眠りにつきその後は「レーヌ」という女神の依り代になった者と選定された騎士たちによってグラースの供給を行っていた。しかしレーヌが生まれづらくなりグラースの供給は減っていった。その中久しぶりのレーヌとして生まれた「ヴィオレット」。そのヴィオレットに仕える騎士として選ばれた4人の青年たち。世界の平穏を守るためヴィオレットは彼らからの信頼と忠誠を得ようと奮闘する。

 乙女ゲームである今作の大きな特徴として挙げられるのは普通の選択肢が存在しないという点である。「ラヴィール」という独自のシステムを入れており、キャラクターから有益な情報を聞き出した後「ラヴィール」を行う。対話形式であるラヴィールは取得した情報をもとに正解の選択肢を制限時間内に選んで相手のゲージを減らしていく。ラヴィールが成功したかによってエンドが分岐する形になるという他の乙女ゲームにはない要素となっている。賛否両論と言われる今作はダークファンタジーを描いた作品であり一部の攻略キャラの愛情エンド(ハッピーエンド)の在り方も異質なものがあったため非常に新鮮な作品であったと思う。シリアス系の乙女ゲームが好きな方はプレイしてみてほしい。個人的にはギスランというキャラクターの忠誠エンドは演出が非常に凝っているので注目してほしい。


7『CLOCK ZERO 〜終焉の一秒〜 Devote』(ゲーム)
発売元:アイディアファクトリー(オトメイト)
イラスト:ナガオカ
<あらすじ>
 2010年 秋、お金持ちばかりが通う私立「秋霖学園」の初等部に通う小学6年生の「九楼撫子」。撫子はある時から不思議な夢を見るようになる。新任教師、「神賀旭」に呼び出された撫子を初めとする問題児として噂されていた同級生や下級生の計6名。内容は問題児である彼らと力を合わせて課題をこなしてもらうという趣旨のものだった。個性的な人たちが集まり最初は嫌がっていた撫子も次第に打ち解けていく。撫子のクラスに転校してきた天才少年、「海堂鷹斗」もメンバーに加わり7人で課題をこなしていく。順調に進むと思った矢先、撫子の前に夢の中で会ったはずの青年が現れる。その青年たちはなぜかどこか見覚えのある人物だった。

 この作品のキャッフレーズは「君のいない世界なんていらない」である。このセリフがどういったことを指すのかはここでは伏せる。2010年にPS2媒体で発売され、その後PSP版、PS Vita版でも発売され、今回Nintendo Switch版として発売されたものである。10年前に発売されたものであるにも関わらず根強い人気を持っている理由はストーリー構成にある。至る所に張られた伏線もきちんと回収され、かつ胸が締め付けられるほど切ないエンディング運びは当時プレイヤーに大きい衝撃を与えたであろう。自分も初めてプレイした時はその精巧なストーリー構成に感銘を受けた。今作では追加要素として「中学生編」が加えられ撫子たちの中学3年の一年間の話が描かれていた。基本的には明るく楽しいストーリーであったが、どこか切なく胸が締め付けられるものであった。個人的な感想となってしまうが『CLOCK ZERO』は本当によく出来た作品となっているので乙女ゲームが好きな人、興味ある人にはぜひやってもらいたい作品である。
2020/3/14(Sat)23:58 ...No.1729
▼三年 田村 RES
こうの史代イラスト原画展 感想
(見学日:12月20日)
背景の家々が一つ一つ細かく描かれているポスターや戦時中の家族の食卓の様子が描かれているイラストが展示されていた。文字はほとんど無かったが、イラストだけでも戦時中の家族の様子が十分に理解できるものになっていた。この事からイラストの情報を伝える力を改めて認識することが出来た。戦争に出ていた息子が無事に帰ってきた時の非常に喜んでいる家族の様子が、こちらも嬉しくなる程非常に印象的なものだった。
2020/2/20(Thu)21:14 ...No.1728
▼三年 井口 RES
こうの史代イラスト原画展
(見学日:11月28日)

残された膨大な量の写真から、改めて戦争の恐ろしさを感じた。賑わいを見せていた街が一瞬にして焼け野原になるという恐怖や絶望を、私たちは写真からでしか体験できないけれど、このように原画として残し、後の世代へ伝えていくことに意味があるのだと感じた。中には、大切なものをすべて失い、生きる気力もないであろうと思った人々が復興に向けて笑顔で作業を進める写真もあり、驚いた。前を向こうとしている人々の姿勢に心を打たれた。
これらの原画を見た上で、こうの史代の『この世界の片隅に』を観ると、以前よりも違う見方ができるのではないかと感じた。
2020/1/15(Wed)17:33 ...No.1727
▼二年 押尾 RES
高畑勲展 感想
(見学日:7月12日)

私はあまり高畑監督作品に触れてこなかったが、今回の展示はそんな私でも本当にすごい人だったんだ、と感じさせるものだった。
特に印象に残っているのは「太陽の王子ホルスの大冒険」の展示で、主人公の感情の起伏(?)を表にして共有していたというのは、チームで製作するアニメーター達にとって、なぜ自分はこの表情のキャラを描いているのか、などの理解を深めることを可能にし、より作画や演出に力を入れられるんじゃないかと考えた。
当時興行的には振るわなかったようだが、監督のこだわりが強く伝わってきたし、予告で見たホルスが太陽の光との重なりで一瞬逆光(チカチカ光る?)になる場面はあまり今のアニメでは見かけない魅力的な演出だった。これも高畑監督のこだわり故の賜物なのだろうと思う。

かなり今更になり大変申し訳ないのですが、投稿いたします。
2020/1/7(Tue)21:45 ...No.1726
▼三年 金成 RES
こうの史代イラスト原画展
(見学日:11月29日) 感想

展示されていたイラストに戦時中の家族の様子を描いたものがあった。戦時中から終戦後に生活を立て直すまでが家族が食卓を囲む様子の移り変わりで表現されていた。展示する際に作成されたと思われる説明はあったが、展示資料自体にセリフはなく、文字での情報は年代と家族の年齢のみであった。しかし食卓という一場面のイラストのみで十分に家族がどのような生活をしているのか、どのような心境でいるのかが想像できた。イラストに含まれる情報量の多さを再認識した。
2019/12/30(Mon)23:36 ...No.1725
▼二年 土屋 RES
高畑勲展・感想(見学日:7月12日)


 まず高畑勲監督の作品はジブリ作品しかよく知らなかったので、『ドラえもん』の制作に関わっていたことに驚いた。高畑作品の魅力の一つは背景の描写にあると個人的に感じているが印象に残ったのは『火垂るの墓』の展示である。あのリアリティある背景美術に至るまでの綿密な制作過程が絵コンテや原画のメモから伝わり感銘を受けた。
 また『アルプスの少女ハイジ』では実際にモデルとなった場所に行き、実際に見て描くことによってあの壮大な背景美術を描くことが出来たのだと感じる。人物の動きにも非常に細かくメモが書いてあり、本当に細かいところまで目を配ってスタッフ全員一つの作品を制作していたのだと絵コンテのメモから伝わった。それらの原画いっぱいに書かれたメモを見ると高畑監督がどれほど情熱を注いで作品を制作していたのか、その一端に少しでも触れることが出来たように感じた。作品によって手法を変化させ、様々な描き方に挑戦し制作に臨んだ高畑監督は今のアニメ制作に最も貢献した人物と実感することが出来た展示だったと思う。


最後に投稿が大幅に遅れてしまい申し訳ありませんでした。
2019/11/5(Tue)23:31 ...No.1724
▼二年 中込 RES
高畑勲展・感想(見学日:9月11日)

 幼い頃から自分の中でジブリ作品といえば宮崎駿監督の印象が強く、高畑監督がどの作品に携わり、どのような手法で制作を進めていたかを殆ど知らないまま過ごしてきたために、今回の高畑勲展の見聞で非常に興味深い資料や舞台裏が垣間見えて十分過ぎるほどに楽しめたと思う。
 展示の中で印象に残ったものとして『かぐや姫の物語』について挙げる。私はこの作品を実際に母と映画館にて観たことがあった。当初は今までのジブリ作品とは大きく異なるビジュアルに困惑し、どのような意図が込められているのかと疑問が残っていたが、『かぐや姫の物語』の展示の中に、人物たちを描く「線」にスピード感や粗さを意識することで生き生きと躍動感あふれる動きを表現したいという旨があることを知り、高畑監督がこの作品の描写に込めた意図を知れて良かったと思う。また、監督が東映に所属していた頃に既に『かぐや姫の物語』のプロトタイプにあたる作品の原稿を作成し、結果的に最後の作品として完成させたという事実には一種のロマンを感じさせられた。
 ありとあらゆる作品の原稿や設定画・背景画に記された細かな情報から見ても、高畑監督がアニメ映画に向けていた情熱は誰よりも深いものであったことをこの展示会から思い知らされた。アニメ映画以外にも音楽や実写映画にも関わってきたことも踏まえると、高畑勲監督が現在の日本のサブカルチャー領域に大きな影響を残していたことは忘れるべきではないと考える。


最後に、投稿が大幅に遅れてしまい誠に申し訳ありません。
 
2019/11/4(Mon)17:00 ...No.1723
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